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こじれた人間関係の最果て [家族]

 宅診対象として「ぼけ老人」があがってくる段階では、多くの場合、家族関係がすでに緊張しており、それは嫁・姑間の対立に発するものがほとんどでした。
よく知られているように、姑はもの忘れがひどくなると、「嫁が自分の財布を盗った」と騒ぎたてます。
嫁は姑が意地悪をしていると解釈して夫に訴え、息子は両者の間に立って、やがて自分の母の挙動が変だと妻の側につく、そのうち孫も祖母から離れていく。わたしが宅診に訪れるころには、老女は悄然として離れにひとり座っているのでした。
~中略~
ある時、着物姿の認知症の老女がぽつねんと薄暗い小部屋に座っている姿があまりに哀れで、思わず彼女の横に座り、肩を抱きました。
すると、彼女の目から、大粒の泪がとめどもなく溢れ出てきます。孤独を言葉で慰めるのが不可能なことは、部外者のわたしでさえ理解できました。彼女のような反応を示す認知能力の衰えた女性にその後何人も出会い、こじれた人間関係の最果てを見る思いがつのりました。

「痴呆老人」は何を見ているか
大井 玄 (著)
新潮社 (2008/01)
P18



DSC_2765 (Small).JPG松江

P21
老いてゆけば、知力も身体能力も衰えます。佐久で宅診したお年寄りから窺われることは、心を許していない他者にまで依存し、その意向に従わねばならぬことことでした。わたしにとってそれは自分の自立性を喪うことを意味しました。と同時に、人格、つまり「自己」とか「私」と見なしている意識のまとまりが崩壊し、非合理的なわけの分からない世界へ迷い込んでしまうのだと思ったのです。


タグ:大井 玄
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