金屋子神 [雑学]
カツラの木は、古代以来、山で砂鉄を吹くひとびとにとって、聖木なのである。山中でタタラをおこすとき、そばに鉄の神の金屋子神(かなやこかみ)を祭るのが常だった。
その金屋子神というのは天から天降(あも)りするときにカツラの木を伝って降りてくる。このため、タタラのそばにかならずカツラの木が植えられた。
金屋子神というのは、「古事記」や「日本書紀」には出てこない神である。
「古事記」や「日本書紀」に出てくる冶金の神は石凝姥命(いしこりどめのみこと)で、彼女はたしか天香具(あまのかぐ)山で鏡をつくったというし、また鹿の皮を剥いで天羽鞴(あまのはぶき)(フイゴであろう)をつくる技術ももっていたといわれている。
余談だが、先日、紀伊の一ノ宮の日前宮(にちぜんぐう)(ひのくまぐう)に行って、宮司の紀さんから紀州鍛冶の話をうかがったとき、
―そういえば、このお宮に、石凝姥命も祀られています。
と、いわれた。紀ノ川流域は古代から鍛冶がさかんで、その鍛冶たちが自分たちの技術の祖であるとされる石凝姥命をまつった。しかし中国山脈系では、この「記紀」による筋目の神は、まつられていない。
中国山脈系はあくまでも金屋子神なのである。
街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P212
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