東洋医学に対する誤解 [医学]
P187
東洋医学では、私たちのからだに存在するすべての臓器の「何か」が、目の周囲、耳(図34)、あるいは足の裏などに集中しており、その部位に、鍼を行なえば、その内蔵の「何か」という病気が治癒するともいわれている。
東洋医学でいう内蔵の「何か」という病気なるものの概念が、西洋医学でいう炎症であるのか、機能低下であるのか、あるいは腫瘍であるのか、さらに免疫の低下であるのか、いっさい規定していないので、議論の対象からはじめからなり得ない。
子宮の病気に特有のツボが耳にあるといっても、子宮の病気なるものはいったいなんであるのか、子宮筋腫であるのか、子宮癌であるのか、子宮癌であっても、子宮体癌なのか、子宮頸部癌なのか、その病気の内容と実体を明確に規定せずして、治療効果を判断すること自体不可能である。
P189
あたかも、走れなくなって倒れていたこの女子選手が鍼によって急に走りだしたのごとき、理論的にはあり得ない鍼の効果だけが、前面に押し出されているところに重大な誤解がある。
鍼を打つともう野球選手としては再起不能になる、と公に公言し、知的水準の高いマスコミも「なるほど」と納得するところに、東洋医学に対する誤解の根強さがある。そのようなことは、鍼の科学的根拠としては、理論的にあり得ない。
東洋医学の正しい発展と普及のために真剣な努力を続けている人たちにとって、無責任なマスコミの情報は、きわめて不幸なことと指摘しなければならない。
また、東洋医学を実践している人たちも、今までありとあらゆる西洋医学的治療を行って無効だったものが、鍼一本で完治した、などという非科学的な表現は避けるべきで、病状の実体を、より科学的に西洋医学的病状と対比させながら明らかにすることがきわめて重要なことと考えられる。
痛みとはなにか―人間性とのかかわりを探る
柳田 尚 (著)
講談社 (1988/09)
コメント 0