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舐犢(しとく)の愛 [家族]

当座(とうざ)の苦労(くろう)をいたわりて、子のねがいのままに育てぬるを、姑息(こそく)の愛と云(いい)、姑息の愛をば、舐犢(しとく)の愛(あい)とて牛(うし)の子をそだてるにたとえたり。
姑息の愛はさしあたりては慈愛(じあい)に似たれども、その子随(きずい)になりて、才(さい)もなく徳もなく、とりけだものにちかくなりぬれば、畢竟(ひっきょう)は子をにくみて、あしき道へひきいるるに同じ
(上巻之本)

中江藤樹 人生百訓
中江 彰 (著)
致知出版社 (2007/6/1)
P24

DSC_5083 (Small).JPG甲宗八幡神社

P80
幼少の時には教(おし)え戒(いまし)める事悪(あ)しと心得(こころえ)、寵愛におぼれ、何事をもその子の気随(きずい)にまかせて佚楽(いつらく)にふけるようにもてなし、ものいい立(たち)ふるまいなどのいやしくそこつにして、その心放埓(ほうらつ)に習(ならい)をも戒(いま)しめ制する事なし。これ皆(みな)子をそだつるあやまりなり。
(巻之四 教子報)

P81
 幼少のときのは、それぞれの年令にふさわしい子育てがある。
だが、その子の振まいをみて、他の子とはちがう優れた才能があると思い込み、成人と変わらない育て方をする親もあれば、幼少のときには、その子の思うように自由奔放に育てるのが良い、と思う親もある。しかし、そのように育った子は、寵愛におぼれ、なにごとも自分中心にものごとを考える習癖が心に染みつき、思慮のあさい粗忽な人間育ってしまうのである。


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