迷信、占いをうまく利用する [ものの見方、考え方]
天中殺にしろ、運勢にしろ、あまりこだわってはいけないが、そんなものは迷信だとかたづけるよりも、
積極的に利用していったほうがいいということですよ。
手相でも、人相でも、それによって自分のためになる習慣を身につければ、こんないいことはない。
池波 正太郎 (著), 柳下 要司郎 (編集)
新編 男の作法―作品対照版
サンマーク出版 (2004/05)
P230
段段よくなる法華の太鼓
「四」と「九」という数字は、不吉な数字といわれ、嫌われています。でも、私は、あえてこの数字を大切にしています。
~中略~
でも、「四」と「九」で「四九(よく)なる」だと思えば、別にこの数字を忌み嫌う必要はなくなってしまうんです。
斎藤 一人 (著)
ツイてる!
角川書店 (2004/8/7)
P26
このように、おなじみの幽霊たちは、さほど典型的な造詣をもつものではなく、物の怪や化け物などのさまざまな要素を併せ持っている。
つまり江戸時代の幽霊は、歴史的な積み重ねのもとに、さまざまな組み合わせで作られたといえるのである。
江戸時代は合理的な思考が進み、「怪力乱神をかたらず」(理性で説明のつかない不思議なことは口にせず)という儒教倫理が普及した。
だが同時に、病も運も論理ではつかみきれないものとされ、祈祷や八卦見や人相見、さらに生年月日や人相から前世、現世、来世を判断する三世相なども行なわれていた。また、参詣なども盛んであった。
それが科学の席巻している現代でもなお、形を変えて少しも衰えない。それこそ摩訶不思議な現象である。
田中 優子 (著)
江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか? 落語でひもとくニッポンのしきたり
小学館 (2010/6/1)
P209
迷信は人間の本性につき物である。迷信をすっかり追い払ったつもりでいると、迷信は思いがけぬ隅っこに逃げこみ、いくらか安全だとなると、そこからまたのこのこ出てくる。
(「格言と反省」から)
ゲーテ格言集
ゲーテ (著), 高橋 健二 (翻訳)
新潮社; 改版 (1952/6/27)
P77
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