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自分は、死ぬところに向かって生きている [日本(人)]

  戦国時代なり江戸時代の場合は、現代のように医学というものが発達していないから、死ぬ人が多い。

~中略~
だから当然感覚的に、
(人間はいつか死ぬものだ・・・・)
ということがわかっているわけですね。

  ところがいまは寿命が延びて、なかなか死ななくなったということは結構だけれども、
人間は死ぬということをかんがえなくなっちゃったわけだ。

池波 正太郎 (著), 柳下 要司郎 (編集)
新編 男の作法―作品対照版
サンマーク出版 (2004/05)
P232

高野山 大門

新編「男の作法」

仏教は、今生きているこの場この時間だけが真実だと語ります。そしてその今を最大限生かすのが仏教です。
歩くときは全身全霊で歩く。ごはんを食べるときは、ごはんと自分との境目がなくなるほど食べることに集中する。念仏するときは念仏に成りきる。
それだけです。それですべてです。

いきなりはじめる仏教生活
釈 徹宗 (著)
バジリコ (2008/4/5)
P329


セネカは暴君ネロの師でありながら、千利休と同じように、のちに主君の不興を買い、失脚し、自殺をしました。
 彼は言います。
 「どんなところで、死が待ち受けているかわからない。だから、君はいたるところで死を待ち受けよ」と。
 「死は背後よりきたれり」と吉田兼好は書き、「後生の一大事をいま考えよ」と蓮如は語りました。
 いまあらためて、死の側から生を語る、セネカの声に耳を傾ける時代がきたのではないでしょうか。

百歳人生を生きるヒント
五木 寛之 (著)
日本経済新聞出版社 (2017/12/21)
P203


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