不必要なものは自然と離れていく [人生]
人生はそれほど長いものではない。夕方に死が訪れても何の不思議もない。
だから、わたしたちが何かをなすチャンスは、いつもこの瞬間にしかないのだ。
そして、その限られた時間の中で何かをなす以上、何かから離れたり、何かをきっぱりと捨てなくてはならない。
しかし、何を捨てようかと悩んだりする必要はない。懸命に行動しているうちに、不必要なものは自然と自分から離れていくからだ。
「悦ばしき知識」
超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
039
菅生の滝
二八 子曰わく、年寒くして、然る後、松柏の彫( しぼ )むに後( おく )るるを知る。
~中略~
先生がいわれた。
「 寒気のきびしい年になって、はじめて松と柏( ひのき )の葉がほかの樹木におくれて枯れ落ちることがわかる 」
*これは孔子が前四九七年から四八四年まで、十四の長期にわたる亡命の旅の終わりのころ発言したものにちがいない。
はじめはかなり多数にのぼった随従の弟子は、歯が抜けるように立ち去ってゆく。この寂しい境遇において、正面から去り行く弟子を非難せず、寒気のなかで最後まで緑を維持しながら、
ついに少しずつ枯れてゆく松柏の姿をもってみずからを象徴したのである。
口でりっぱな主義を主張し、高遠な理想を語る人々が、きびしい弾圧にあうとたちまち転向し、はては時局に迎合していったありさまを、私たちはいやというほど見せつけられた。
孔子のことばは、ほんとの信念を持つものと、そうでない口先だけの人間との差をみごとに表している。
子罕編
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P258
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