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出雲族 [日本(人)]

P64
すると、出雲族とはどういうグループかとなれば、もう霧のむこうの人影を見るようで、わかりにくい。大和土着の種族であることはたしかである。イヅモとは、「倭名類聚抄」で以豆毛と発音し、古代発音ではおそらく ingdmo と発音していたかとおもわれる。
「出雲国」
 というのは、明治以前の分国で、いまの島根県出雲地方をさす地理的名称だが、しかし古代にあってはイヅモとは単に地理的名称のみであったかどうかは疑わしい。種族名であったにちがいない。さらに古代出雲族の活躍の中心が、いまの島根県でなくむしろ大和であったということも、ほぼ大方の賛同を得るであろう。その大和盆地の政教上の中心が、三輪山である。出雲族の首都といっていい。
三輪山は、神の名としては、
「大物主命(おおものぬしのみこと)」
 という。人格神ではない。大物主とは、国土のもちぬしという意味だろうか、この神とこの神の系統の神々については「記紀」などの神話には人格に記述されているが、それは記述法であるにすぎまい。要するに、
「ミワ」
 という種族は、大物主神を種族における最大の神として仰ぎ、三輪山のまわりに住み、ふもとの海柘榴市(つばいち)で市をいとなみ、主として大和東部地方にひろがって農耕をいとなんでいたイヅモであることは、異論が少ないであろう。
 大和のイヅモにはもう一派いる。
「カモ」
 という。のちに鴨、賀茂、加毛、蒲生などと書き、地名になってしまうが、もともと種族名であったということは、あらためていうこともない。~中略~
 古代のある時期の大和盆地には、カモ・グループとミワ・グループが併存していたことは、たしかである。この二つのイヅモの言語が、こんにちの日本語にいたるこの国のことばの主調をなすものであろう。 そこへ出現するのが、崇神王朝であったでろう。後世、天皇家系の第十代目に組み入れられたこの人が、征服者として三輪山の地に出現したことは、まぎれもない。ミワ族とはまったく別系統の人物であることは、「日本書紀」のなかの噺をみても想像できる。
~中略~
「若し能く我を敬ひ祭らば、必ず当に自平ぎなむ」(日本書紀)
といった。帝はおどろき、誰が神ぞや、と問うと、神はいう、
「大物主神と為(い)う」
 と。ここで天孫系とは別系列の国つ神が、崇神の王家にはじめて入るわけであり、このいきさつは、崇神帝とその武装グループが大和以外の地―九州か、あるいは満鮮の地であろう―からやってきたことをよくあらわしている。

街道をゆく (1)
司馬 遼太郎 (著)
朝日新聞社 (1978/10)

DSC_5769 (Small).JPG聖林寺

P46
京都の北郊の土着のひとびとは、下鴨、上賀茂という、古代鴨族が住んでいたと思わしいこの地域を総称して単にカモという。モにアクセントがあって、カモゥと聞える。近江の鴨地帯は古くから蒲生の字をあてた。あの発音である。ついでながらカモとは、出雲族のことであろう。

P75
 ついでながら、崇神帝はこの三輪山は土着の出雲族のうちのミワ族の神である以上、それを自分の族神にするわけにゆかず、あらたに三輪山の近くの笠縫(いまはその地がどこにあるかわからない)に天照大神をまつったことは、「日本書紀」にあきらかである。その笠縫の宮がその後多少の経路をへていまの伊勢の地にうつり、伊勢神宮になった。

P163
この稿で、しばしば、
「鴨」
 という種族名が出ている。いま葛城の高台になる一言主(ひとことぬし)神社の森にむかいつつ、この鴨族という古代の民族のことをおもった。
 鴨族とは、正しくは鴨積(かもつみ)と書かねばならないだろう。積とは種族をさす。アズミ(安積)、イズモ(出雲)いづれもツミ(ツモ)がつく。


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