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与那国 [雑学]

 与那国では平家の一族の末という部落があって、今なお在来の島人の子孫たちと対立し、平和の競争を続けていると言った人があるが、はたしてそうであろうか。
平家は北に四百里(約一六〇〇キロ)をへだてた南九州の山村から、島では川辺郡十島を始めとして、どこへも上陸して遺蹟を留めている。
モリは社地または霊山を意味する普通名詞であるが、これを祀る島ではことごとく、行(ゆき)の盛友(もりとも)の盛などの神歌を存し、さらに系図ができ、また後裔が栄えていて、系図を否認すればおそらくは決闘を申しこまれる。
海は一続きであるから壇の浦の船の数だけは、落人の漂着した例もあり得るのであるがであるが、実はその後の六、七百年も、彼らをして優美なる由緒を保存せしめるほどに、島の生活は無事単調ではなかった。
 たとえば石垣島にあっては、赤蜂本瓦が井底の痴蛙であったために、宮古の仲宗根豊見親は、沖縄の船軍をしてこの島に攻め入り、各村の旧住民を制御してこれをただの百姓にしてしまった。すなわち石垣のユカルピト(優越階級)は、少なくともその血の三分の二まで、宮古系になったのである。
これに反して与那国の島では、宮古出身と伝うる酋長の鬼虎が、あまりに暴虐を振るまったために、ついに石垣からの遠征を受けて、たちまち全村の屈服となってしまった。 ~中略~
こうした長い年月の交通往来を重ねているうちに、人の血はいよいよ混淆(こんこう)して、恨んだ者も恨まれた者も、ただ忘却の一体となってしまったことは、あたかもこの漫々たる大海の波濤のごとく、永古に残るものとては、ひとり底知れぬ潮の力のみであった。

海南小記
柳田 国男 (著)
角川学芸出版; 新版 (2013/6/21)
P135


海南小記 (角川ソフィア文庫)

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  • 作者: 柳田 国男
  • 出版社/メーカー: 角川学芸出版
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