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直観は案外に正しい [ものの見方、考え方]


危機に直面した時、人間の直観は案外に正しい。危機の時、何より正しい教科書は、マニュアルや想定より、目の前になる現実だ。そこが避難所に指定されているからといって、安全という保障は何もない。


天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災
磯田 道史 (著)
中央公論新社 (2014/11/21)
P199



天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/11/21
  • メディア: 新書




DSC_1646 (Small).JPG普明山高野寺

 



P175
春日 たとえば、一見普通に見えるんだけれど、こっちの身体のどこかで「何か変だぞ」というアラームが鳴る患者さんがいます。
 そんなふうに「何か変だ」と思っても、表面上は問題なさそうに見えるからとそのままにしておくと、あとでトラブルが起きたってことはよくあります。そういう一般化できない違和感は誰しも感じているし、それを指摘できるかどうかは大事だと思いますね。
内田(住人注:内田 樹) アラームの話はまさに同感です。学生の就職活動の話を聞いてみても、会社を訪問したときに「何か変だぞ」ということを感じているにもかかわらず、資本金とか給料とか、福利厚生のような可視的な数値を信じて「いい会社だ」と判断してしまって、後で失敗だって気づく人が多いんですよ。 「身体が感じるアラーム」というのは頭脳による知的な判断ではなくて、身体的な反応ですよね。相手から出ている、微妙なノイズを、頭は反応しなくても、身体はどこかで感じている。
瞬きの回数とか、喋っている言葉とピッチのずれとか、視線とか、そういった微細な情報を身体はキャッチしている。それに耳を傾けることが重要だと思うんですが、今は知的判断を優先させてしまうことが多いんですよね。


P177
春日 つまり言語化しづらい違和感ってことですよね。雑誌などに載っている間違い探しで、二つの絵が並べてあって違いを見つけろっていうのがあります。そういう場合、たとえば、「片方に何かがあって、もう片方にない」というのは比較的見つけやすい。けれど、「腕の角度がちょっと違う」とか「足の長さが違う」というのは、よほどその気にならないとわかりません。
 そういう違いというのは、非常に言語化しづらくて、見つけにくいのだけれど、直感的に「何かが違う」ということはわかる。そういう感じですよね。


「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))




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