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特攻作戦の思想 [日本(人)]


 長崎を警備する福岡藩は自爆攻撃を行う捨て足軽八〇人を用意しており、それは佐賀藩も同様であった。
特攻作戦の思想は、突如として、昭和期に現われたものではなかった。
 自爆攻撃を準備したのは、佐賀・福岡藩だけではない。フェートン号事件の時、長崎の町年寄・高島茂紀が「衣装の下に八〇斤(ポンド)の火薬を隠し持ち」(前掲岩下論文)、英国船フェートン号に乗り込み、オランダ人の人質解放交渉を行おうとした。身柄引き渡しを相手が拒んだら、「船内にあって艦長もろとも自爆し、さらに船をも爆破させるつもりでいた(消息筋から)。これが日本人である」。そうオランダ商館の医師シーボルトは日記に記している。

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災
磯田 道史 (著)
中央公論新社 (2014/11/21)
P126



タグ:磯田 道史
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