制御性T細胞 [雑学]
免疫細胞は誕生した直後に、胸腺という特殊な組織で身内の「顔」をしっかり記憶し、仲間を決して攻撃しないように教育されている、とかつての免疫学は教えてきた。
だが、それはいささか楽観的にすぎたようだ。最近の研究では、胸腺にも手抜かりや不手際が少なからずあり、教育不行き届きの免疫細胞を送り出していることがわかってきた。
私たちの体にはわが身を敵とみなす恐ろしい自己反応性の免疫細胞がたくさんうろついていて、正常な臓器や組織を攻撃していたのだ。
おっかない保安官ならぬ免疫細胞たちがそうやって実際に引き起こす病気が、自己免疫疾患なのである。
~中略~
しかし、免疫は自らの不完全さを意識していたのか、自らのしくみの中に、不思議な細胞を内在させていた。
免疫の働きが過剰になったり、自己反応性の免疫細胞が悪さを始めたりしたときに、やりすぎを抑制して「撃ち方やめ」を周知徹底させる役割を担う細胞だ。それが、坂口(住人注;坂口 志文)が発見した制御性T細胞である。
もし制御性T細胞がなかったら、免疫細胞はブレーキをかけられない車のように暴走し、いまよりもはるかに多くの人が自己免疫疾患で苦しむことになっただろう。制御性T細胞の功績は実に大きい。
しかし、わたしたちの体はこのような安全弁のような細胞を持ったことで、その代償を支払わねばならなくなった。
あろうことか、この細胞は体にできたがん細胞の”盾”となって、がん細胞を攻撃しようととする免疫細胞の邪魔をしてしまうのだ。~中略~
だからいま、研究者や製薬企業の関心は、制御性T細胞の悪さをいかに封じるかに向かう。前章で紹介したスタインマンの闘病を語った際に紹介した抗体医薬ヤーボイも、じつはそうした働きを備えた新しいがん治療薬なのだ。
現代免疫物語beyond 免疫が挑むがんと難病
岸本 忠三(著), 中嶋 彰 (著)
講談社 (2016/1/21)
P78
現代免疫物語beyond 免疫が挑むがんと難病 (ブルーバックス)
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/01/21
- メディア: 新書
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