統帥権 [言葉]
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統帥権とは、軍隊の最高指揮官を表し、大日本帝国憲法の一一条に定められています。
統帥権は、天皇が持っている陸軍と海軍を指揮する権限で、具体的には、陸軍の参謀本部と海軍の軍令部が直接天皇とつながって、軍隊を運用する権限のことです。 前述のように、日本軍はドイツから参謀本部というシステムを輸入しますが、そのために「軍の統帥は国家の外側、君主の体外にある」という統帥権が自己増殖し、手が付けられない国家内国家をつくり、ついには日本を崩壊させてしまった―というのです。司馬さんは「この国のかたち」で次のように語ります。
~中略~
腐敗の原因は、明治にあったのです。日本を「鬼胎」にした正体―それは、ドイツから輸入して大きく育ったもの、すなわち「統帥権」でした。
要するに「統帥権があるぞ」と言い立てることで、軍が帝国議会や一般人を超越した存在となり、統帥権がひとり歩きをして、軍が天皇の言うことさえも聞かなくなって行くという仕組みです。軍の統帥権の実際の運用にあたっては、当然のことながら、政府と議会がチェックをする必要がありました。
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明治憲法下で、軍をおさえられるのは法による支配=法治ではありません。人による支配=人治をやっていた維新の功労者=明治国家のオーナーたち=元老でしたが、彼らが次々と世を去り、昭和になって、西園寺公望(きんもち※6)という元公家の老人ひとりになると、元老による軍統帥権の統制も利かなくなっていきました。
明治国家の基本姿勢は、議会の意見は聞くが、最終決定権はない、というものです。軍の統帥に関する決定権はすべて天皇にあると軍部は主張しました。ところが、実際には、天皇自身が決められるわけではありません。軍の中枢をさく部課局が決定します。軍はその結果を天皇に上奏(報告)するだけで、天皇の意思をしばしば無視して押し切りました。
このように統帥権は、昭和に入ると、やがてバケモノのように巨大化していきました。そして日本は迷走をはじめました。
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統帥権は、天皇が軍隊を率いる権利なので、解釈次第で無限に何でもすることができました。帷幄(いあく)上奏という特権が、陸軍参謀本部、海軍軍令部という、統帥を管轄する機関に与えられます。
帷幄というのは、天皇の前に垂れている御簾(みす)=すだれのことで、帷幄上奏権は、直接天皇に会いに行って、すだれを通して意見を述べたり、相談したりする権限のことです。
「司馬遼太郎」で学ぶ日本史
磯田 道史 (著)
NHK出版 (2017/5/8)
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