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厚労省はここまでやる [医療]

P141
   私は脳梗塞の後遺症で、重度の右半身麻痺に言語障害、嚥下障害などで物も満足には食べられない。もう五年になるが、リハビリを続けたお陰で、何とか左手だけでパソコンを打ち、人間らしい文筆生活を送っている。 

 ところがこの二〇〇六年三月末、突然医師から今回の診療報酬改訂で、医療保険の対象としては一部の疾患を除いて障害者のリハビリが発症後百八十日を上限として、実施できなくなったと宣告された。私は当然リハビリを受けることができないことになる。
~中略~

そういう人(住人注:それ以上機能が低下しないよう、不自由な体に鞭打って苦しい訓練に汗を流している)がリハビリを拒否されたら、すぐに廃人になることは、火を見るより明らかである。
今回の改定は、「障害が百八十日で回復しなかったら死ね」というのも同じことである。

実際の現場で、障害者の訓練をしている理学療法士の細井匠さんも「何人が命を落すのか」と二〇〇六年三月二十五日の朝日新聞東京本社版・声欄に書いている。ある都立病院では、約八割の患者がリハビリを受けられなくなるという。リハビリ外来が崩壊する危機があるのだ。
~中略~

 身体機能の維持は、寝たきり老人を防ぎ、医療費を抑制する予防医学にもなっている。医療費の抑制を目的とするなら、逆行した措置である。
それとも、障害者の権利を削って医療費を稼ぐというなら、障害者のためのスペースを商業施設に流用した東横インよりも悪質である。 

 何よりも、リハビリにたいする考え方が間違っている。リハビリは単なる機能回復ではない。
社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復である。話すことも直立二足歩行も基本的人権に属する。それを奪う改定は、人間の尊厳を踏みにじることになる。そのことに気づいて欲しい。

 今回の改定によって、何人の患者が社会から脱落し、尊厳を失い、命を落すことになるか。
そして一番弱い障害者に「死ね」といわんばかりの制度をつくる国が、どうして「福祉国家」と言えるのであろうか。

P265
 それなのに小泉改革は、無常にもこうした障害者リハビリを、最長でも百八十日に制限する「診療報酬改定」を二〇〇六年に開始した。改革の名を借りた医療の制限である。
私は、ある会で厚生労働省の医療課長が、私を指して「あれはできる」と発言したことや、主治医の特別な計らいでリハビリを継続できたが、都立病院などでは約七割の患者が治療を打ち切られた。リハビリを打ち切られた患者の中には機能が落ちで寝たきりになり、実際に命を落とした人もいる。
多くの障害を負った患者が、希望を失い、「再チャレンジ」を諦めざるを得ないという非常事態に陥った。
~中略~

 私は新聞に投書したり、総合雑誌に書いたりして、この非人間的暴挙を告発した。
社会では最弱者の、障害を持った患者が窮地に陥っていることを訴えた。同じ苦しみを実感していた関西のリハビリ科の医師グループと、「リハビリテーション診療報酬改定を考える会」を作って、反対の署名を集めることになった。目的はこの乱暴な日数制限の白紙撤回である。
~中略~
 締め切り後も、署名は増え続け、最終的には四十八万人にも達した。
~中略~
 ところが受け取った厚労省は何の反応も示さなかった。四十八万の国民の声は無視されたのである。
 私は暮れも正月も、精魂こめてこの冷酷な制度を世に訴える論文を、総合雑誌等に書き続けた。新聞もこれに呼応したように、厚労省のやり方を批判した。二十紙にあまる地方新聞は社説で非難した。
朝日新聞などの大新聞は無視しようとしたが、地方紙には気骨がある論調が多かった。地方自治体も、反対の議決を相次いで可決した。運動は燎原の火のように広がったが、厚労省は無視し続けた。
~中略~

その後厚労省は、限られた疾患の上限日数の緩和や、当分の間という条件付きで、介護保険では対応できない例の維持期リハビリを、いやいやながら認める異例の通達を出した。
~中略~

 維持期のリハビリが一部解禁されたといっても、介護保険のリハビリが対応できるまでの当分の措置に過ぎない。
もっと許せないのは、診療報酬の逓減制を持ち込んだことである。上限日数を超えて治療を行う場合は、報酬を安くするというものである。診療を受け付けない医療機関が出るのを防げない。

 これでは医療をやりたくてもできない。まるで、やれるものならやってみろといわんばかりではないか。そのほかに「リハビリテーション実施計画書」という面倒な書類を医師に作らせ、三カ月おきに厄介な基準で状態改善の記載を申告させるとか、診療をやる気を起こらなくするようないやがらせをしている。
~中略~

厚労省の官僚は、ここまでやるのである。
 長期にわたるリハビリを、なんとしても介護保険に強制的に追いやろうとする厚生省の魂胆に、私は深い疑問と不安を持っている。
今行われている比較的安価な医療保険のリハビリを捨てて、高額な設備や人的予算のかかる介護保険のリハビリ施設を新設することの意味は何だろうかそうでなくても、破綻寸前といわれる介護保険に、リハビリ難民が押し寄せて、対応できるはずがない。
医療保険と違って、地方自治体の管轄の介護保険に丸投げして、国は医療費も責任も逃れようとしているのだ。
~中略~

結果的には、合法的な治療切り捨てになって、生命の危険を招く。
そんなところに厚労省がもっていこうとしているならば、これは立派な国家犯罪である。私はまだ戦わなければならない。

寡黙なる巨人
多田 富雄 (著), 養老 孟司 (著)
集英社 (2010/7/16)

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

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  • 作者: 多田 富雄
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2010/07/16
  • メディア: 文庫



-29cb1.jpg善光寺本堂2

 日本語が使える私は、荷物を下ろすわずかな時間を利用して波伝谷の人(住人注;南三陸町の被災した避難民)に「いま一番必要なものは何ですか」と尋ねてみた。すると「クスリです。二番目にほしいのが燃料です」と訴えられた。
~中略~ 一方、クスリはたくさんもっているが、米国製のため、厚生労働省の許可が下りない限り自由には配れないというのだ。
~中略~
 せめてカゼのクスリくらい届けられないのかと思い、厚生労働省に問い合わせてみた。
すると担当者は「日本で許可されているクスリであったとしても、日本語の説明書がついていなければ配ってはいけない」というのだ。
あまりにくだらない説明にしばらく怒りが収まらなかった。震災という非常事態なのだから、ルールを多少破ったとしても、臨機応変に対応するべきではないか。

「本当のこと」を伝えない日本の新聞
マーティン・ファクラー (著)
双葉社 (2012/7/4)
P35

「本当のこと」を伝えない日本の新聞 (双葉新書)

「本当のこと」を伝えない日本の新聞 (双葉新書)

  • 作者: マーティン・ファクラー
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2012/07/04
  • メディア: 新書



 リリタンは中枢神経興奮剤「塩酸メチルフェニデート」の商品名。難治性・遷延性のうつ病や、日中に過度の眠気が生じる睡眠障害ナルコレプシーの治療薬として承認されていた。 オピオイド鎮痛薬による眠気の防止には、便宜的にうつ病と病名を付け、適応外で処方されてきた。
 ところが、覚せい作用や気分を高揚させる効果から、二〇〇〇年に入ると不適切な処方やインターネットでの売買、乱用、薬物依存などが社会問題化。 効果的な抗うつ薬は他にもあることから、製薬会社はうつ病を効能から外し、厚生労働省も承認した。ナルコプレシーに処方する条件も厳格化され、がん患者が病名を使うことはできず、眠気には処方できなくなった。
 リリタンは緩和ケアで一般的に使われている薬だ。世界保健機関(WHO)や日本緩和医療学会は指針で使用を推奨している。
~中略~
 厚生労働省医薬食品局審査管理課は「緩和ケアも含めさまざまな事情を勘案したが、まず乱用を防ぐ必要があるという苦渋の決断だった」と説明する。一方、日本緩和医療学会理事長の江口研二・帝京大学医学部教授は「悪用した人に合わせて必要な人も使えなくしてしまった。厚生労働省の対応は配慮に欠ける」とこの対応に批判的だ。

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア
信濃毎日新聞社文化部 (著)
岩波書店 (2010/3/31)
P90

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

  • 作者: 信濃毎日新聞社文化部
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/03/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





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