壇の浦合戦 [門司]
さて、義経軍は周防(山口県)に進出し、兄の範頼軍と合流した。
一方、平家軍は長門の引島(ひくしま)(彦島。下関市)に移動したが、これを受けて、源氏軍も同国の追津(下関市)に転進した。追う源氏に引く平家という戦況を、そのまま映したような地名に奇縁があった。
~中略~
一一八五(元暦二)年三月二十四日午前六時ごろ、田の浦・門司の関(北九州市)と壇の浦・赤間の関(下関市)で源平両軍が宣戦布告の矢合わせをすることになった。
平家物語
角川書店 (編集)
角川書店 (2001/09))
P232
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