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人間のすることだから [人生]

[7] 人のいとなみ、皆愚かなる中に、さしもあやふき(住人注;安元三年の大火災)京中の家をつくるとて、宝費し、心を悩ます事は、すぐれてあぢきなくぞ侍(はべ)る。

方丈記 現代語訳付き
鴨 長明 (著), 簗瀬 一雄 (翻訳)
角川学芸出版; 改版 (2010/11/25)
P19

TS3E0643 (Small).JPG戸上神社秋季大祭

 感情と思考は拮抗する心理機能です。感情は基本的には快・不快にもとづく判断機能です。一方、思考は拮抗する心理機能です。
感情型の人と思考型の人の論争は、話し合いが決裂して結論が出ないことが多いのはこのためです。男女のもめごとや親子の言い争いに、この対立が多く見られます。
 例をあげましょう。以下は感情型の女性と思考型の男性の会話です。
~中略~
男性は論理的に説明しようとし、女性はそのことを感情的に受けつけていません。~中略~
一方、男性の方は、説明しようとすれば、どうしても論理的・思考的になっていまいます。論理的・思考的になると感情が無視されてしまい、論理でものごとを推し進めようとします。近代社会は感情よりも論理のほうを大切にしがちで、とくに社会生活では、論理的に指示されるといやでも従うことも多いでしょう。

プロカウンセラーの聞く技術
東山 紘久 (著)
創元社 (2000/09)
P170

 父は人生を振り返って、一番大切な教えをこう考えているそうです。「自分に対しては真面目すぎず、他人に対しては厳しすぎないこと」。
自分や他人の間違いにもっと寛容で、失敗も学習プロセスの一環だと思えればよかった、と。いまの父ならわかるのです。過ちを犯しても、大地が揺らぐことなど滅多にないのだと。~中略~ 人生に起きることのほとんど、とくに失敗は、そのときの自分が思っているほど大したことではない―この点を何度も思い知ることになったと言います。

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義
ティナ・シーリグ (著), Tina Seelig (原著), 高遠 裕子 (翻訳)
CCCメディアハウス (2010/3/10)
P212

 昔の日本は功成り名を遂げた人物に「ダメなところ」があるのを受け入れる社会でした。
たとえば政治家や大物俳優が愛人を囲っているぐらいのことは、とくに問題視されなかったでしょう。
無頼派の芸能人やスポーツ選手が暴言を吐いてもバッシングされることはなく、むしろ世間は喜んで拍手喝采していたぐらいではないかと思います。
 しかし、今の社会は小さな欠点も見逃しません。たとえば大相撲の世界では、横綱の白鵬が審判の判定に対して「緊張感を持ってやってほしい」とクレームをつけたことで、「品格がない」などとバッシングされ、謝罪させられました。
~中略~
他の分野でも、その才能によって評価される立場の人物が人間的にもパーフェクトを求められる傾向はあるでしょう。浮気や暴言など、小さな不良行為が見咎(みとが)められて大騒動になることもしばしばです。「スキャンダル」のハードルは、昔よりもはるかに低くなった印象があります。
 そういうスキャンダルで大騒ぎしているメディアや受け手も、本音の部分では「そりゃあ、あれだけイケメンなら浮気ぐらいするよね」と思っているに違いありません。でも、そういう声は表には出てこない。これも日本が「建前社会」になっていることの表れのように思えてなりません。
 さらに問題なのは、行動に表れない心の中までパーフェクトを求める風潮が強まっていることです。
 人間は誰でも内心に邪悪さや欲望を抱えているので、誰かにイヤなことをされて頭に来れば、先ほどの話のように「あいつをブッ殺してやりた」とか「死ねばいいのに」などと思うこともあるでしょう。
それを本当に行動に移してはいけませんが、心の中で思うだけなら何の問題もありません。学校の教師が淫らなことをしたいという願望を持っていたとしても、実行しなければいい。
そういう「ダメなところ」も含めてその人の自己が成り立っているのですから、「そんなことを考えるだけでも許せない」と否定されてしまったのでは、心の安定は保てません。

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門
和田 秀樹 (著)
青春出版社 (2015/4/16)
P133


P460
 まえの月の正月十二日、慶喜が京から逃げ帰って以来というもの、旗本屋敷では奉公人の整理をしはじめた。若党、中間(ちゅうげん)、その他雑役の下僕を解雇した。
いざいくさとなれば人手は何人あっても足りるということはなく、そういう奉公人も弾はこびや兵糧はこびに大いに役だつであろう。またそういう有事に役立たせるために人数を養い、それを養うために禄というものを世襲してきている。ところがいざ徳川家の危難というこのときになってかれらがどんどん人減らしをしてゆくというのはどういうことであろう。
 戦意がないからである。
(これが、江戸を滅亡させた)
 ともいえぬことはない。継之助は非戦論者であったが、かといって武士の腰がぬけてはならず、ぬけることについては憎悪以上のものを感じている。

P462
質屋どもは早晩江戸総攻撃がはじまって江戸が戦火に焼かれることを予想し、質草をとらないのだ、と継之助はいうのである。質草をとっても焼けてしまうだけであろう。それより金銀で持っていればまちがいないと思うのであろう。
~中略~
「そう。質屋といえども江戸っ子であるはずだが、その前に人間だ。女房も子もあるだろうし、とにかく生きて生活している。かれらが蔵止めをして金銀をひとに渡さないのは生きるがためだ。世の中はそういうことで動いていることを知らねばならない」

峠 (中巻)
司馬 遼太郎 (著)
新潮社; 改版 (2003/10)



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