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隠士の生活 [人生]

山居城市に勝る。蓋(けだ)し八徳あり。
苛礼を責めず。生客を見ず。酒肉を混ぜず。
田産を競わず。炎凉を聞かず。曲直を鬧(さわ)がず。
文逋(ぽ)を徴せず。士籍を談ぜず。

酔古堂剣掃「人間至宝の生き方」への箴言集
安岡 正篤 (著)
PHP研究所 (2005/7/1)
P78

DSC_9764 (Small).JPG平山温泉 湯の蔵

山野の住まいというものは城市に勝る。都会に勝る。
「蓋し八徳あり」、八つの徳がある。「苛礼を責めず」、うるさい礼儀作法やしきたりを責められることがない。都会生活をしていると、やれ葬式だ、やれ結婚式だ、なんだかんだといろいろ礼儀がある。これに「うるさい」という意味の字をつけて「苛礼」という。
「生客を見ず」の生は、まだ修練のできておらん。枯れていないこと。人間世界の練達、修行のできていない生の客、そういう客は見ない。
「酒肉を混ぜず」、酒だの肉だのとゴタゴタしたものを混(まじ)えない。まことに簡素である。 「田産を競わず」、いくら取れた、いくら儲かったと競うことがない。
「炎凉を聞かず」、暑いの寒いのということを聞かん。つまり、あいつが成功した、あいつが失敗したなんていうことを聞かない。
「曲直を鬧がず」とはあいつが曲がっとるとか、あれは真っ直ぐだとか騒がない。
このごろはどうも、炎凉・曲直で、人の話を聞くものが多い。
「文逋を徴せず」、逋は負うで、文の催促、何日までに書いてもらいたい、何日に弔辞を読んでもらいたい、祝辞を読んでもらいたいなどの話が持ち込まれない。~中略~
「士籍を談ぜず」、人物の籍、政治の世界で言うなら、自民党の何派であるとか、どこに属するとか、そんな話はない。一つひとつごもっともである。山居、隠遁的生活こそ自由の生活というものであるに相違ない。

春秋時代の末期の中国は、内乱と戦争に明け暮れ、貪欲な豪族と、それを囲む権力亡者の佞臣とによって、醜悪な権力闘争がくり返されていた。
この乱世に絶望して、政治の舞台からのがれて隠士の生活を送る賢人がたくさん出てきたらしい。彼らは社会のすみに隠れているため、ほとんど歴史には姿をあらわさないが、その片鱗は「左伝」などにもあらわれている。乱世において、一身の幸福をはかるには、隠士の生活がもっともまさっているからだろう。
老子の無為思想は、民間に自然に発生した隠士思想を体系化したものに過ぎない。


                  論語
          孔子 (著), 貝塚 茂樹
                                  中央公論新社 (1973/07)
                      P518

P353
 公道から身を引き、奥まった土地に自らを植え替えよ。路傍の木は、熟し切るまでその実を木につけておくことが難しいからである。
 (20)聖クリソストム
P386
(20)聖クリソストム(St.John Chrysostom,347-407):コンスタンチノーブルの総大司教。初代キリスト教神父。
彼の禁欲的な教理は厳格で、当時の宮廷や市民の堕落ぶりを責めたという。オスラーは好んでこの句を引用している。

平静の心―オスラー博士講演集
ウィリアム・オスラー (著), William Osler (著), 日野原 重明 (翻訳), 仁木 久恵 (翻訳)
医学書院; 新訂増補版 (2003/9/1)

P130
五木 前略~
 また、この時代(住人注;平安中期から鎌倉時代)は「方丈記」の鴨長明のように、隠遁ということが盛んになりました。
隠遁ということは、普通考えると、現実社会をリタイアしてご隠居になることをいいます。
あるいは世を逃れて、山林に住んでいろいろ考えたり、歌を詠んだりするように考えられがちなんですが、その当時、隠遁というのは時代の流行語だった。それで隠遁僧というのは、ある意味で憧れの的だったんです。

P132
五木 いや、隠遁というのはある意味では中退で、普通の社会人が世を厭うて隠居するのではなくて、当時の仏教官僚、仏教公務員という世界からあえて逸脱して、約束された地位とか名誉とかをみずから捨て去ることを意味したわけですね。当時の高級僧侶は本寺を退いたあと国分寺やお寺などに天下りまでできたわけです。そうした仏教官僚システムから飛び出して、あらゆる特典まで全部捨ててしまって求道に生きていこうとする人たちを、隠遁僧といった。
 そしてすぐれた隠遁僧というのがどんどん出てきたものだから、世間でも隠遁というのは、脱落者というよりも、一つの、エリートの反対のエリートとみなしていたのです。ですからいま、隠遁というと、何か現実からの逃避のように思われているけれど、平安末期から鎌倉期にかけての隠遁僧というのは、ある意味で選ばれし人でもあったし、積極的な運動でもあったということを忘れないようにしないといけない。
日蓮、法然、道元、栄西、親鸞が全部、途中で比叡山を下りたということで、何かただドロップアウトしたみたいに見えがちですけど、そうではありません。

親鸞と道元
五木寛之(著),立松和平(著)
祥伝社 (2010/10/26)

 古来、ヨーロッパの騎士たちの理想のすみかは、前方が開け、後方が森に覆われた環境だったと言われる。前方からの敵の攻撃を監視でき、後方からの侵入を防ぐことができるからだ。
 敵の侵入に備える必要のないぼくのすみかは、四方を森に囲まれ、眺望がない。最寄りの隣家まで五〇〇メートル、集落からは一キロ半離れている。まるで隠者のような生活だ、と人にいわれるが、なにも世を捨て、蟄居生活を送っているわけではない。樹が好きなのだ。
 社会との接触は、人並みとはいかないまでも、不便を感じることはない。インターネットなどを通じて、こんな山奥でも世界中の情報がはいってくる。

自然の歩き方50―ソローの森から雨の屋久島へ
加藤 則芳 (著)
平凡社 (2001/01)
P170

P100
 五年以上もの間、私は自分の手仕事による労働だけで自活の生活をしてきた。そこでわかったことは、一年のうち六週間ほど働けば全生活費が稼げるということである。だから私はその全期間と夏の大半を自由に自分の研究にまるまる当てることができた。
私はかつて、周到な準備を重ねて学校経営をしたことがあったが、気がついてみると、その経費は収入に比べて費(かか)りすぎ、いや、かなりの赤字になってしまった。
というのは、当然のことだが洋服をととのえたり、教師らしく喋り、思考し、信念を持つとまでいかなくても、そうした訓練をしなければならなかった。
そのため私は自分の時間をすっかり食われてしまった。

P102
 要するに、私が確信していることは、信念と経験から判断すれば、われわれが質素で、賢い生き方さえすれば、この地上で自分一人養っていくのは、さして辛いことではなく、楽しいことだという事実である。
素朴な民族による、さまざまな営みというものは、今日でもなお行なわれている娯楽と変わりないが、多少技巧をこらしたにすぎないものばかりだ。
普通の人が、私より汗かきでもないかぎり、必要以上に額に汗を流して生活費を稼ぐことはないのだ。

森の生活
D・ヘンリー・ソロー (著), 佐渡谷 重信 (翻訳) (著)
講談社 (1991/3/5)

わが師ブッダよ。私は簡素に生き、消費を最小限にしていきます。そうすれば、生活を支えるために多くの時間を費やさなくてもすみます。働いているあいだには、深く自由に生きることにたっぷりと時間をかけます。わずかばかりの収入を増やすために、副業を始めたり、いろいろな仕事に手を出すことはしません。

大地に触れる瞑想―マインドフルネスを生きるための46のメソッド
ティク・ナット・ハン (著), 島田 啓介 (翻訳)
医学書院 (2013/4/5)
P118


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