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雑草として生きる [人生]

 地上の植物には人間社会との関わり方から見て、二つの種類がある。作物と雑草、または、植木と雑木である。
 前者は、耕作者が育ちやすいように用意した土地に種蒔かれ、耕作者の庇護のもとに育ち、やがて実りをつけて刈穫られ、耕作者の用に供される。その生涯はすべて耕作者によって管理され、計画的人工的に予定のコースを歩まされる。
 これに対し、後者の雑草・雑木は、人工的に種蒔かれることなく、自ら芽生え、自ら育つ。生涯、人間の関心と注目を集めることもないのが多い。中には刈り穫られて飼料や作物の肥料にされることで人のために役立つこともある。ごくまれな例だが、自然に生え育った雑草・雑木であるが故に、人工的な育成以上に珍重がられるものもある。
 だが逆に、耕作者の意に反して耕地のなかで繁茂し、憎しみを買い弾圧を受けることもある。
雑草にとって、人間の役にたつか憎しみを買うかは、重要な違いではない。いずれにしろ、雑草の成長は耕作者の予定外のことであり、雑草にとっても不本意なことであろう。
 この世の人間にも、社会体制との関わりにおいて、同じような二分類ができる。いわば体制の作物的人間と雑草的人間である。
 作物的人間は、有力な親や先輩によって育ちやすく耕された環境に植え付けられ、その庇護のもとに苦労なく優れた教育を受け、親譲りの資産や地位を肥料として既成の体制のなかで、ぬくぬくと伸び、やがて人々の期待通りの秀才となって機能を発揮し、自らを育成した耕作者、つまり現体制のために役にたつ。
 幼少期から未来が約束されている良家の子女や有力者の子弟、またはその養子や女婿(じょせい)など「プリンス」といわれる者がそれである。その典型は累代作物人間を続けて品種改良された門閥たちだ。欧米の言葉でいうエスタブリッシュド(確立された階級)がそれに当たるだろう。

歴史からの発想―停滞と拘束からいかに脱するか
堺屋 太一(著)
日本経済新聞社 (2004/3/2)
P68



DSC_5448 (Small).JPG柳の御所

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苦労は人間を小さくする [人生]

信長の天才的な状況判断や行動は苦労育ちや貧乏そだちでは持てなかったものである。
信長が家康のような育ちなら、おそらくかれの天才はそだたなかったであろう。
「若いころの苦労は薬になる」
 というのは、よほどの大才の場合か、たまたま成功した人のいうことで、苦労というのはほとんどのばあい、人間を小さくするほかは役立たない。
(昭和37年11月)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10
司馬遼太郎 (著)
新潮社 (2004/12/22)
P256



伊勢神宮 内宮 (27).JPG伊勢神宮 内宮

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時期が来たらやるだけ [人生]

時至れば、事生ず。事生ずれば、情の自ずから動く。情の動きに従って、其事(そのこと)を為すのみ。

山田方谷のことば―素読用
山田方谷に学ぶ会 (編集)
登龍館 (2007/07)
P25

 

DSC_4658 (Small).JPG求菩提山

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登りつめたらあとは下るしかない [人生]

 日本は高齢社会で、人口も減って行く。これからはもう、購買力を増やすのは無理かもしれない。
それに、地球全体は大きいといっても、有限な人たちしか生きていない。
経済拡大が資本主義では大切だといっても、購買力のある人たちは、有限な人数しかいない。
適度なインフレーションが大事と考えたり、購買力の拡大がいつまでも続くと考えたりするほうに無理がある。

世の中の罠を見抜く数学
柳谷晃 (著)
セブン&アイ出版 (2013/3/1)
P99

DSC_4740 (Small).JPG求菩提山

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自分の「器」と向き合う [人生]

 スポーツの世界でも、芸術の世界でも、みんながスーパースターや人間国宝になれるわけではありません。
自分の「器」と謙虚に向き合い、どのステージで戦えるかを考えてみることも悪くないと思います。諦観と言ってもいいでしょう。それは諦めではなく、悟りに近い境地ということです。
~中略~
 私が言いたいのは、自分の「器」を知り、等身大の自分の仕事の仕方を見極めることもまた、気働きではないかということです。
 そのうえで自分の人生のペース配分は、自分できちんと決めた方がいいでしょう。
 ペース配分をするわけですから、そこは必ず「間」が必要です。

一流の男は「気働き」で決める
高野 登 (著)
かんき出版 (2014/4/23)
P064

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タグ:高野 登
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大運いづれの時にか亨(とほ)らん [人生]

 

秋夜

絡緯( らくい)秋を知るに似たり

悽々( せいせい)として草中に鳴く

回風 寒葉を掃き

簌々( そくそく)として雨声かと疑ふ

愁( うれ)ひ結びて燈火細く 

神澄みて魂しばしば驚く

男児 志蹉跎( さだ)して                     

三十 未だ( えい)を請( こ)はず

剣を撫( ぶ)して起( た)つて 惆悵すれば                       


列星 前楹( えい)に燦( さん)たり

仰ぎ監瞻( み)る天漢の上

愧( は)ず吾が名を記すなきを

歳華 駸々として去り

白露 芷蘅( しこう)を凋( しぼ)ましむ 

酒薄くして酔を成し難く

病骨いたずらに崢嶸( そうこう)たり

吾が道 天地に存す

大運いづれの時にか亨( とほ)らん 


啓発録
  橋本 左内 (著)
  講談社 (1982/7/7)
   P222

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私生活 [人生]

 私生活というのは、飯を食ったり、排泄したりすることの総和ではない。そんなのが私生活なら犬でもカイコでも私生活はある。
私生活とは、チャンとした考え方、それを大きくは人生観、小さくは処世法とでもいおう、そうしたものによって、キチンと律せられた生活を私生活というのだ。
二十年勤続の銀行員が、無味乾燥な一日のつとめを終えて、家の小さな庭でボンサイを楽しんだり、同好を誘って句会に出かける。
それが私生活だ。魂の安らぎをもとめて静かに聖典を誦し永遠へ思索を参入させる。 これもすぐれた私生活だし、享楽を人生の目的としている人物が、暮夜ひそかに走ってバーの扉を押し、キャバレーで乱痴気さわぎをするのも、厳然たる私生活である。

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10
司馬遼太郎 (著)
新潮社 (2004/12/22)
P58

DSC_3726 (Small).JPG望雲台>

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五十、百は自ら五〇、百の四時あり [人生]

一、今日死を決するの安心は四時(しじ)の順環に於いて得る所あり。
蓋し彼の禾稼(かか)を見るに、春種し、夏苗し、秋苅り、冬蔵す。秋冬に至れば人皆其の歳功なるを悦び、酒を造り醴(れい)を為(つく)り、村野歓声あり。
未だ曾て西成(1)に臨んで歳功の終わるを哀しむものを聞かず。
吾れ行年三十、一事成ることなくして死して禾稼(かか)の未だ秀でず実らざるに似たれば惜しむべきに似たり。
然れども義 卿の身を以て云へば、是れ亦秀実の時なり、何ぞ必ずしも哀しまん。
何となれば人寿は定りなし。禾稼の必ず四時を経る如きに非ず。十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。三十は自ら三十の四時あり。
五十、百は自ら五〇、百の四時あり。
十歳を以て短しとするは蟪蛄(けいこ)(2)をして霊椿(れいちん)(3)たらしめんと欲するなり。
百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪蛄たらしめんと欲するなり。斉しく命に達せずとす。
義卿三十、四時は己に備はる、亦秀で亦実る、その(しいな)たると其の粟たると吾が知る所に非ず。
若し同志の士其の微衷を憐み継紹の人あらば、乃ち後来の種子未だ絶えず、自ら禾稼の有年に恥ざるなり。同志其れ是れを考思せつ。
(1)西成 秋に植物が熟成することをいう。五行説で秋は西にあたるといい、「書経」尭典に「西成を平秩(へいちつ)せしむ」とある。
(2)蟪蛄 夏蟬のこと。「荘子」逍遥遊篇に「蟪蛄は春秋を知らず」とある。蟬の命が短いことを言っている
(3)霊椿 長生する霊木。(2)に関連して「荘子」逍遥遊篇につぎの言葉がある。  「小知は大知に及ばず、少年は大年に及ばず。何を以てその然るを知るや。朝菌(ちょうきん)は晦朔を知らず。 これ小年なり。楚の南に冥霊(めいれい)なる者あり。五百歳を以て春となし、五百歳をば秋となす。上古に大椿なる者あり。八千歳を以て春となし、八千歳をば秋となす。しかも彭祖(ほうそ)は乃ち今、久しきを以てひとり聞こえ、衆人これに匹せんとするは、また悲しからずや」  

吉田松陰 留魂録
  古川 薫 (著)
  講談社 (2002/9/10)
   P97

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徳の厚薄と運命の厚薄は違う [人生]

これは老荘のに並び称される[列子」の中にある話ですが、北宮子というのが西門子というのに申しました。
「わしは君に一向(いっこう)何でも劣らないのに、どういうものか君は出世して、ことごとに僕はうまく行かぬ。貧乏生活から抜け切れぬ。君のこの頃は何という羽振りのいいことだ。
たまに会いたいと思っても、容易に会えもせぬ。そして君は、何か人物が俺より偉いもののように思うておる」と、こういう不平を申したところが、西門子が、
「俺はどういうわけか、そんなことはわからぬが、君が何をしても成功しない、俺が成功するというのは、つまり俺の人物、俺の徳が優れておる証拠じゃないか。
それにもかかわらず、いかにも俺と元来同格の人間であるかのように言うのは、お前の面の皮が厚いというものだ」
 とやりこめられて、人のいい北宮子は返答ができず、ぼんやりして帰りました。

 その途中、彼は東郭先生という面白い先生に出会いました。先生は「お前一体どこへ行って来たのか。ばかにふらふらして、なさけなさそうな顔をしているじゃないか」。
北宮子は「実はかくかくの次第で・・・・」と前の一件を物語ると、先生は「よしよし、そんなことなら、俺がお前のために一つ屈辱をそそいでやろう」。それから一緒に西門子のところに出かけて、先生は彼に詰問しました。
「君は何だってひどく北宮子を辱しめたんだ。正直なところを言ってみろ」。西門子は申しました。
「それは北門子が、「家門から、人物から、何から、別段自分は劣らぬのに、なぜ自分の方は万事うまく行かず、君はうまく行くんだろう」というようなことを申しますから、「わけはわからんが、何をしてもお前が失敗して、俺が成功するのは、これ即ち徳の厚薄の証拠じゃないか。それに何でも俺に負けないように考えるのは、面の皮が厚い」と申したんです」
 そう言いますと、東郭先生が、
「とんでもない。お前の言う厚薄は運命の差異にすぎない。俺の言う厚薄はそれと違う。
北宮子は徳には厚いが、運命には薄いのだ。お前は運命に厚いが、徳には薄い。
お前の出世も実力の所得じゃない。北宮子の窮するのも本来の愚から生ずる失じゃない。皆、これは天というものだ。
人の所為(せい)ではない。それにお前は自分の運命の厚いためであることを知らずに、みずから誇って、北宮子はみずから徳に厚いのを知らないで、自分で恥じておる。どっちも真の理法のわからぬ人間だ」
 西門子は降参いたしまして、
「先生、もうやめてください。私はこれから、またとこんなつまらんことを申しませんから」

 かくして帰りました北宮子は、それから元の貧乏生活も極めて幸福に思われ、終身自得して、成功とか失敗とかいうことなどは、てんで忘れてしまいました。東郭先生これを聞いて感心しました。
「北宮子は長い間寝ておったのだ。それがかの一言によってよく醒めた。よく驚く(眠りからさめること)ことのできる人物だ」とこう申しております。

安岡正篤
   運命を開く―人間学講話
  プレジデント社 (1986/11)
   P147

宇治上神社 (5) (Small).JPG宇治上神社

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樹木の五衰 [人生]

樹に関しては、いろいろな哲学あり、文学あり、信仰あり、これもまた無限であるが、ここに一つ面白い樹相学を紹介します。
これは幸田露伴翁が昔、名文をもって論じている。趣味津々たる文章であるから写して置かれるとよい。
 それは、樹には五つの相がある。第一に懐の蒸れることだ。枝葉を払わないと、風通しや日ざしが悪くなる。
あれを「懐の蒸れ」という。
その次に、あるところまでゆくと樹の発育が止まる。
これを「梢(うら)どまり」という。それから「根あがり」「裾あがり」というやつ―これは土が落ちて根が出てしまう。それからボツボツとうらどまりが進んで「梢枯れ」が始まる。
この辺の樹をご覧なさい。みな梢枯れだ。煤煙や虫などのため特にひどい。第五に「蟲つき」だ。
樹には、こういう懐の蒸れ、梢どまり、裾あがり、梢枯れ、蟲つきという姿がある。
 これを樹のことだと思ったらおおきな間違いだ。お互い人間にも、懐の蒸れ、梢どまり、裾あがり、梢枯れ、蟲つきがあるというのだ。まさにその通り。~中略~ 原文を読んでみましょう。

安岡正篤
   運命を開く―人間学講話
  プレジデント社 (1986/11)
   P115

宇治上神社 (3) (Small).JPG宇治上神社

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結婚の基盤 [人生]

「実際の話、便宜上の結婚では、双方とも期待が少ないものですから、失望も少ないのです。
お互いに対して無意味な要求をすることもありませんので、腹を立てる理由はありませんでしょ。
完璧を求めませんから、お互いの欠点に対して寛容になれますわ。
情熱に燃えるのも結構でしょうが、情熱は結婚の基盤としては適切ではありません。
いいですか、結婚して幸福になるには、お互いに尊敬しなくてはなりませんし、身分が似通っていて趣味も同じがいいですね。
そうして、二人がまともな人間で、進んでギヴ・アンド・テイクをし、相手も生かし自分も生かす気があれば、そういう結婚なら私どもの結婚と同じように幸福なものとなりますわ」
(「便宜上の結婚」一九〇八年)

モーム語録
行方 昭夫 (編集)
岩波書店 (2010/4/17)
P93

宇治川 (8) (Small).JPG 宇治川


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人生の最大の悲劇は愛が死ぬことだ [人生]

人生の最大の悲劇は、人が死ぬことではなく、愛が死ぬことだ。
人間における不幸の中で決して小さくない不幸は、こちらが愛している相手がもう愛してくれないことである。
ラ・ロシュフコーは「恋人同士の間には愛する者と愛される者がいる」ことを発見したとき、人間が恋愛において、完璧な幸福を得るのに障害となる不一致があるのを、警句の形で述べたのである。 (「サミング・アップ」七十七章、一九三八年)

モーム語録
行方 昭夫 (編集)
岩波書店 (2010/4/17)
P79

宇治川 (7) (Small).JPG 宇治川

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始終訓 [人生]

一、人の生涯、何事によらず、もうお終いと思うなかれ。
  未だかつての始めらしき始めを持たざるを思うべし。
一、志業は、その行きづまりを見せずして一生を終わるを
  真実の心得となす。
一、成功は、一分の霊感と九分の流汗に由る。
  退屈は、死の予告と知るべし。
   右 先哲遺言 安岡正篤

安岡正篤
   運命を開く―人間学講話
  プレジデント社 (1986/11)
  

 

一乗寺 国宝三重塔 (2).JPG一乗寺

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タグ:安岡 正篤
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不幸が人を創る [人生]

つまり世も羨むような成功に到達した人というのは、もちろん幸運もあるだろうが、私の夫だったら真平(まっぴら)というような努力を続け、犠牲を払っているのである。(住人注;ソニー会長の)森田(住人注;昭夫)氏ほどの世界的大成功でなくても、昔は皆、それなりに耐えて自分を伸ばさねばならないと知っていた。
耐えることは、人生の一部だったのである。
 誰もが苦しみに耐えて、希望に到達する。努力に耐え、失敗に耐え、屈辱に耐えてこそ、目標に到達できるのだ、と教えられた。
誰も苦しみになど耐えたくない。順調に日々を送りたい。しかし人生というものは、決してそうはいかないものなのだ。さらに皮肉なことに、人生で避けたい苦しみの中にこそ、その人間を育てる要素もある。人を創るのは幸福でもあるが、不幸でもあるのだ。
 しかし現代は不幸の価値を認めない。だから苦しみが必要な仕事は避け、努力が要るものは学ばなくなった。少なくとも昔に比べると、プロの比率が減り、アマばかりになった。「昔はいた」という仕事師が、皆無ではないにしても、ぐんと減ったのである。

人生の原則
曾野 綾子 (著)
河出書房新社 (2013/1/9)
P179

 DSC_0057 (Small).JPG門司港 和布刈

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面壁一生 [人生]

 「面壁九年」という言葉がある。中国の禅宗の開祖達磨大師が、壁に向かって坐禅すること九年で悟りを開いた。
この言葉にあやかり、私は”面壁一生”であってよいと思う。
仕事の上であろうと、生活の下であろうと、一生かけて毎日のようにカベを見つけて破ってゆく所に、人生の進歩があると信ずる。

経営の行動指針―土光語録
土光 敏夫 (著), 本郷 孝信 (編集)
産能大出版部; 新訂版 (2009/10/15)
P199

P1000103 (Small).JPG

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タグ:土光 敏夫
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若者は振り返らない [人生]

前途に多くの理想を懐(いだ)いていることは、青年の特徴である。例えば、百里行く者が六十里七十里に達し、顧みて「我かくかくの成功せり」などと思うは、そろそろ年取る徴候である。
「百里に行く者は九十里に半ばす」というが、その九十里に達すれば、眼前に横たわる道が、さらに増えて百八十里にもなる、すなわち希望と理想が増えてくる。

修養
新渡戸 稲造 (著)
たちばな出版 (2002/07)
P45

DSC_0950 (Small).JPG両子寺

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余技を持て [人生]

 医学は諸君の職業、あるいは天職であるが、それと同時に何か余技となるものを持つよう心がけていただきたい―すなわち、芸術、科学、文学の世界との接触を持つのに役立つ知的な気晴らしを持っていただきたい。 今すぐにでも、医学という専門とは別の関心事を持つよう努めていただきたいと思う。
 その選択は難しく、諸君の好みや素養によって選ぶものは異なるだろう。何を選んでもよいが、医学以外の趣味を一つ持っていただきたい。

平静の心―オスラー博士講演集
ウィリアム・オスラー (著), William Osler (著), 日野原 重明 (翻訳), 仁木 久恵 (翻訳)
医学書院; 新訂増補版 (2003/9/1)
P225

DSC_0967 (Small).JPG天念寺

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おひとりさまは時間持ち [人生]

 おひとりさまは、「時間持ち」だ。
 浮世の義理も職場の拘束もない、ありあまる自由な時間。
 その時間はもはや「会社時間」でもなく、「家族時間」でもなく、「自分時間」だ。
だが、なにもすることのないありあまる時間は地獄。時間というものは、たんにあればよいものではなく、どうやって使うかが問われる。
1日24時間はだれにも平等だが、それを気ぜわしく動いてあっとううまと感じる人もいるし、無聊(ぶりょう) をかこって眠れぬ長い夜を過ごすひともいる。
「時間持ち」は、ただ時間があるということだけではじゅうぶんではない。そのなかで可処分時間、つまり自分の裁量で豊に使える時間がどれだけあるか、による。
カネ持ちがたんにカネをためこんでいるひとのことではなく、可処分所得、つまり自分の裁量で使えるおカネがどれだけあるか、どんな使い方をしているか、で問われるように。

男おひとりさま道
上野 千鶴子 (著)
文藝春秋 (2012/12/4)
P208

P1000065 (Small).JPG

南禅寺
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%A6%85%E5%AF%BA

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生まれ難き人と生まれて [人生]

人の身得ること難しや

仏の御法( みのり )を聞くこと希( まれ )なりや

生まれ難き人と生まれて

空しく過ぐさむが悲しき

親鸞(上)
五木 寛之 (著)
講談社 (2011/10/14)
P161

DSC_0956 (Small).JPG

川中不動と天念寺

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タグ:五木 寛之
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世を捨つる御身といいながら [人生]

 壇ノ浦合戦で、安徳天皇、二位尼とともに、西海に身を投げた天皇の母徳子(建礼門院)は、幸か不幸か、救われて生き延びることになる。そして大原の寂光院に住む。尼としてである。
「平家物語」の「大原御幸」はすばらしい名文で、後白河法皇が寂光院に彼女を訪ねたときの場面を描いている。そのときの建礼門院の言葉が痛々しい。
「世を捨つる御身といいながら、今かかる御有様を見え参らせずらん慚(はずか)しさよ。消えも失せばや」
~中略~
 この最高の栄光と堪えきれない悲惨とを、短い間に体験した彼女の死んだのが、建保(けんぽう)元年(一二一三)十二月十三日、享年五十八.長すぎる一生と思ったことだろう。

この国のことば
半藤 一利 (著)
平凡社 (2002/04)
P83

DSC_1937 (Small).JPG

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仁に依り、芸に遊ぶ [人生]

六 子曰わく、道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に遊ぶ。


~中略~


先生がいわれた。
「 道を目的とし、徳を根拠とし、仁に依存し、芸に自適する 」
( 道 )古注では、道には一定の形がないから、ただ志向できるだけだと説く。
朱子の新注は、人間の日常行うべき道だと説くが、ともに的はずれである。


孔子の道とは「 先王の道 」である。古代の聖人、とくに周公を模範とし、その道つまり周公の作った礼の精神をあきらかにしようというのが、孔子の理想であった。
( 徳 )先王の道、周公の道とはいったい何か。それは徳を根本としている。それは権力でなく、人間がよき行動によってつみ上げてきた徳の精神的な力がもとである。
( 仁 )道徳の中でも、とくに人間らしい道徳、つまり人間の社会的な自覚にもとづいた仁を実現することが、中心とならねばならない。
( 芸 )孔子の時代の貴族の教養は、礼・楽・射・御・書・数の六芸であった。ここにいう芸は六芸にあたる。学問と、ときに礼儀作法ならびに武芸のようなスポーツも含まれる。


                  論語

           孔子 ( 著 ), 貝塚 茂樹

                       中央公論新社 (1973/07)

                       P181


台湾DSCF0002 (39).JPG

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人生五十、功なきを愧(は)ず [人生]

 将軍足利義満の幼いときからの参謀・細川頼之は、その人望と知略によって、縦横に腕をふるってきた。そうして義満を立派なリーダーに育てあげた。
が、やがて長じた義満にひどく疎まれるようになる。
独裁権力を築こうという義満は、深謀遠慮の策略で、諸将をたきつけて反頼之派を作るのに成功する。野心満々の長は、力量のある保護者がだんだん邪魔になる。
よくある話である。
 かくて康歴元年(1379)閏四月十四日、細川頼之は讃岐へ追放された。
都をあとにするときの、頼之の作った漢詩がいい。
「人生五十、功なきを愧ず 花木、春過ぎて夏すでになかばなり 満室の蒼蠅掃えども去り難し 起ちて禅搨(ぜんとう 住人注;座禅をする台)を尋ねて清風に臥せん」

この国のことば
半藤 一利 (著)
平凡社 (2002/04)
P104

DSC_6341 (Small).JPG普光寺磨崖仏

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30代 [人生]

 歴史的な大事件に際会したときにその人物が何歳になっていたかということは、その人物にとっても、また歴史自身にとっても、しばしば重大な意味を持つ。
~中略~
 維新変革の全コースの中で、多くの日本人を新しい統一国家を目指す運動へとかりたてる決定的な契機となったのは、なんといっても、嘉永六年(一八五三)六月のペリー来航である。
~中略~
 たとえば、西郷隆盛。彼は、嘉永六年に数え年で二十七歳である。おなじ薩摩の大久保利通はその三つ下で二十四歳。小松帯刀(たてわき)になると、さらに若くて十九歳だった。
 長州でいくと、吉田松陰が大久保と同年で数え年二十四歳。木戸孝允つまり桂小五郎が三つ下で二十一歳。高杉晋作、久坂玄瑞となると、それぞれ十五歳、十四歳と、ぐっと若くなる。
伊藤博文(俊輔)は、さらに若くて十三歳である。
土佐では、坂本龍馬が十九歳。後藤象二郎は十六歳。板垣退助がその一つ上で十七歳だった。肥前の大隈重信が十六歳である。
~中略~

勝海舟 (中公新書 158 維新前夜の群像 3)
松浦 玲 (著)
中央公論新社 (1968/04)
P2

DSC_6312 (Small).JPG 緒方宮迫西石仏

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人生は遊びなんだ [人生]

  根底に人生は遊びなんだという意識があったら、いい意味で無責任になれます。
 遊びと責任って、いちばん遠いところにあるものだから。
横尾忠則

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編
モーニング編集部 (編集), 朝日新聞社 (編集)
講談社 (2011/4/22)
P220

-2db05.jpg金剛輪寺三重塔

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